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工藤恵子 MyStory
22歳で結婚。仮面夫婦として過ごした20年間。

大阪府立住吉高校を卒業後、新卒入社でANA・全日本空輸株式会社のCA(客室乗務員)として勤務、全国を飛び回っておりました。

15歳年上、年商数十億の会社経営者からプロポーズされ、22歳で結婚。閑静な邸宅街で知られる大阪府箕面市に住むことになり、2人の子供を出産。
子育てをしながら、接遇講師として各企業に研修に赴く仕事をしていましたがその後、英会話塾を立ち上げ約8年間地元の小、中、高校生の受験、英会話教育に携わるようになります。

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夫婦や家族でゴルフや旅行を楽しむ時期もありましたが幸せな結婚生活は長く続かず、俗にいう仮面夫婦として20年余りの歳月を過ごすことになりました。
やはり、私にとっての専業主婦は、自分がこの世に生きていないような言葉にはならないやり切れなさや切なさがありました。
ごく一般的な家庭なら、違っていたのかもしれなのですが夫が関西では知る人ぞ知る経営者ということもあり会社の発展にしか興味がなく、仕事に邁進していた寂しさも重なって、専業主婦になってもそんな感情や実感しかなかったのでした。

2人目を出産した時も、夕食を作って待っていても、子供が進学校に入学した時も、常に仕事優先である彼が家庭を振り返って、心を寄り添わせてくれることは殆どありませんでした。
子供達の成長期のほとんどを私と子供達の3人で行動しており、次第に子供と父親の接点も無くなっていってしまいました。
夫にとって会社は家族以上、彼の全てだった(彼にとっては血の滲むおもいをして育てあげた子供同然だった事だろう)
幸せになるための結婚のはずが、家族の誰一人、幸せではなかった。
いや、皆んな幸せそうなふりはしていたに違いなかったのでした。

本当の幸せとは、自分が相手に何をやってあげられるか
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私の実家は父が事業をしており、早朝に家を出て深夜まで帰らず家庭を顧みない父と、その父を待つ寂しそうな母親の背中を見て育ちました。
そんな環境で育ったため、初めて結婚する時には私を大事にしてくれる人を選ぼうと心に決めていました。

しかし実際は全く、単純でお粗末な発想だったと知ることになるのです。

本当の意味での幸せを勘違いしていたのだと知ったのは離婚した後からでした。
大切なことは自分が相手に何をやってあげられるかなのだと思い知ることになったのです。

そのキッカケになったのがアパレルのパート勤務という、自分ががむしゃらに働く場に身を置いたことでした。
2人の子供が成人した頃離婚をして、お一人様人生の決心をして第2の人生を歩んでいこうと思っていました。

私には実家と呼べる所は既に無かったので、依存する場所はどこにもありませんでした(私の20代の時に母が亡くなり、父は直ぐ再婚したからです)

優雅な奥さんの経験しかない、アラフォーバツイチ女が1人で生きるため、ゼロから社会復帰して、パートから働いて、働いて、働いて、店長になり、数店舗を統括するグループマネジャーになり、あるアパレル会社で何とか独立起業出来る折れない精神力と基礎を身に付けました。

しかし皮肉にも1人の人生では、やはり寂しいと実感する場面に度々遭遇することになったのです。
いつも食事をしたり遊んだりしている会社の仲間達が、ゴールデンウィークやクリスマス年末年始には、それぞれの家族の元に戻って行き私だけ独り取り残されたようなポッカリ空いた心の空間を埋める事が出来ずにいました。

家庭の温かみを求め、人生初の結婚相談所へ

仕事に対しては実力を付けたものの「私の人生、本当にこれでイイの?」と何度も自問自答を繰り返し、正直なところやはり人生のパートナーを見つけたい!
もう一度、家庭の温かみが欲しいということに気付きます。

そう思った瞬間いてもたってもいられず、人生初の結婚相談所という選択肢を考えたのでした。
合コン、パーティー、友人の紹介などで知り合うことも可能性としてはありましたが、熟考して行くうちに現実的では無いとすぐ分かりました。
そのような他力本願の方法で知り合えたとしても恋人以上、夫婦未満になるのは分かりきった答えでしたから。。。

しかも日本に住む限り、婚姻届を出さない男女関係は常に不安定であること。

フランスのような自由なパートナーシップが公に認められる成長した社会ではないからという理由が大きかったからです。

そして自ら婚活することになり、数々のお見合いを経て縁があった現在の主人と夫婦になることが出来ました。
今では過去の人生経験を糧に様々な逆境を乗り越えて、やっと自分らしい生き方を認めてくれるパートナーと出会え、幸せを実感できるようになりました。

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間違った幸せを望み、不毛な結婚はしてほしくない…

前夫が言った言葉「俺はこれだけ頑張って来たんだぞ!お前も家事や子育てだけで寂しいなんて言うヒマあれば死に物狂いでやってみろ!」
※誤解の無いように追記しますが家事、子育てだって、家庭運営における立派な役割であり尊重されるべきものですが、ここで彼が言わんとしたことは離婚した女性の大変さを私に教えたかったのだと解釈して頂ければと思います。

あの言葉が無ければ、今の私は存在しない。鍛えて貰って、今では心から感謝しています。

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間違った幸せを手に入れようとして破綻した、私のような不毛な結婚は誰にもして欲しくないと思う。
だから多くの婚活男女が非常に浅い考えで相手探しをする時には、私の二の舞にならないで欲しいと切に願ってしまうのです。

結婚後の幸せを実感出来るようなカップルで一杯にしたい!!
どんな時でもただ、ただその想いだけが私の会員様に対する唯一誰にも真似出来ないサポートとサービスなのだと自負しています。
結婚とキャリアと子供、人生を味わい尽くすように本物の幸せを全部掴み取って欲しい。
これからもそんな男女を応援していきたいです。

株式会社パッション 代表取締役社長
工藤恵子

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